建替えを推進する管理組合

2011.11.04

地震そのものは生涯に体験したことのない一瞬の出来事であったが、被災後の復興は長い長い争いとなり、それまでの人間観や社会観を大きく変えることになった。これはマンション居住であるが故に生じた問題である。地震の発生した一七日当日は水道も電気もガスも止まってしまい、難儀をしましたが、幸いに電気は当日、水道とガスは数日後に復旧し、生活するのに困る状態ではなくなりました。震災の翌日に市の応急危険度判定があり、一部に損壊はあるものの住まうのに危険がないという「緑」の紙が貼られました。

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ところが半月後に、自治会長が中庭にみんなを集めて、一部損壊の罹災証明を半壊に書き換えてもらうように市に交渉しよう。一部損壊と半壊とでは復旧への援助が違うから」と説明しました。そこで、みんなで市役所に押しかけ、交渉したところ、全員の罹災証明が一部損壊から半壊に変わりました。後になって知ったことですが、この時点で自治会長をはじめとして自治会の役員の一部の人たちは、マンションの壊れたところを直すのではなく、建替えることを決めていたのです。実は、私のマンションには管理組合がなく、それまで自治会でやってきましたが、被災をきっかけに、四月になって管理組合が設立されました。そして、管理組合の方針は補修よりも建替えに向けて一方的に進んでいったのです。私は、「何の不自由もなく住めるのに、どうして補修ではいけないのですか」と何度も理事長に尋ねましたが一向に聞いてもらえず、ついに被災から二年後の一九九七年一月二六日に建替えのための管理組合臨時総会が開かれました。




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