「今度は自宅を建てた時よりもはるかに冷静で、客観的な立場にいられるのですから、この際、○○さんのすばらしい感性を活かして、さらにいい家があるのかどうかを実際に探してみてはいかがでしょうか?」少し間をおいてから、Mさんは「自分の家ではないのですから、客観的に比較し易いはずです。難しいことではありません。感性で判断すればいいのですよ。そして、さらにいい家があるようでしたら、私に教えて欲しいのです。正直に言いますが、私も知りたいのです。
富士見台の賃貸・部屋探し
中神の賃貸・部屋探し
四ツ谷の賃貸・部屋探し
日野の賃貸・部屋探し
万願寺の賃貸・部屋探し
本を書いた立場として、常にそのことを検証しておく必要があると思っています。私では造れない場合には、その提案者に建ててもらって住み心地を比較してみましょう。それができたとしたら、妹さんにとって大変なプラスですし、お互いにすごく貴重な体験ができると思いませんか?」私は、Mさんの唐突な提案に戸惑いを覚えながら、もしも、さらにいい家が本当にあるのなら、妹にとってはすばらしいことだと思った。そして、Mさんの家造り、すなわち自分が住んでいる家が、どの程度のレベルにあるのかも知ってみたくなった。ほとんどの人は、それを比較することは勿論のこと、検証することもできない。建ててしまった以上は、最善の選択をしたのだと思うしかない。私は妹からだけではなく、Mさんからも「さらにいい家」があるかもしれないという暗示のようなものを受け取ることになった。いま住んでいる家よりもさらにいい家って、いったいどんなものだろうか?住み心地に十分満足しているだけに持ち前の好奇心がムラムラと湧き起こってきた。